秀長が毛利輝元をガイド!?
「三本の矢」で知られる毛利元就の孫、毛利輝元は豊臣秀長の案内により奈良の名所を巡りました。1588(天正16)年、輝元が広島と近畿を往復した際の出来事を記録した輝元公上洛日記によると、京都で秀吉を謁見後、9月6日に東大寺大仏殿、興福寺、春日大社を参詣し、宴席には能やお囃子も加わって、華やかにもてなしたといいます。奈良は武将間の関係強化を図る外交舞台でもあったのです。
2026年放送の大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK)は、いまの奈良県大和郡山市にあった郡山城の城主を務めた豊臣秀長を主人公に、天下統一を成し遂げた兄・秀吉を支える姿を描きます。郡山城跡が残る大和郡山市を中心に、宇陀市や高取町など、奈良県内には秀長ゆかりのスポットや、一緒に楽しみたい場所やグルメがいっぱい。中世をいまに伝える奈良の「宝」を巡ってみませんか。
知っておきたい
豊臣秀吉の弟で、秀吉の天下統一に大きく貢献しました。1541(天文10)年ごろ、尾張国に生まれ、中国、紀伊、四国征伐などで大きな力を発揮。まじめで実直、倹約家という人柄も手伝い、1591(天正19)年に郡山城で没するまで、「豊臣家の良心」として信頼を集めていたとされています。
1585(天正13)年に郡山城(大和郡山市)に入り、大和、紀伊、和泉などの所領を有する城主となりました。1587(天正15)年には従二位権大納言となり「大和大納言」と呼ばれました。大和郡山の城下町を整備したほか、高取城(高取町)、宇陀松山城(宇陀市)も拠点に大和の支配を進めました。
※ご紹介した歴史や武将に関する解釈については諸説あります。
また、名称や説明文については、詳細を省略するなどして一部わかりやすい表記にしているところがあります。
主催:秀長さんプロジェクト推進協議会
「三本の矢」で知られる毛利元就の孫、毛利輝元は豊臣秀長の案内により奈良の名所を巡りました。1588(天正16)年、輝元が広島と近畿を往復した際の出来事を記録した輝元公上洛日記によると、京都で秀吉を謁見後、9月6日に東大寺大仏殿、興福寺、春日大社を参詣し、宴席には能やお囃子も加わって、華やかにもてなしたといいます。奈良は武将間の関係強化を図る外交舞台でもあったのです。
※ご紹介した歴史や武将に関する解釈については諸説あります。
また、名称や説明文については、詳細を省略するなどして一部わかりやすい表記にしているところがあります。
※ご紹介した歴史や武将に関する解釈については諸説あります。
また、名称や説明文については、詳細を省略するなどして一部わかりやすい表記にしているところがあります。
※ごお出かけの際は事前に最新情報をご確認ください。拝観料、その他詳細については変更されている場合がありますので各所にお問い合わせください。(掲載内容は2025年11月現在のものです)
古代には日本の国づくりが始まった奈良。その由緒ある地で、戦国の世に天下統一を目指して行き交った人たちがいました。豊臣秀長を中心に、奈良から天下を夢見た人たちを紹介します。
まじめで倹約家。兄、秀吉を支え、政権運営を担う。郡山城の城主となり、晩年を大和郡山で過ごす。
秀長の兄(3歳違い?)。下層階級から立身出世、天下統一を果たした。
秀長の後継当主で、病の養生中に十津川村で亡くなった。
秀吉・秀長の主君。畿内(京都・奈良・大阪)中心に政権を確立、「天下人」となった。
信長に仕えていたが、本能寺の変で信長を倒す。秀吉らに討ち取られる。
豊臣政権の五大老の筆頭。1603年に征夷大将軍に任じられ江戸幕府を開く。
信長から大和の支配権を与えられるが裏切ったため、支配権は筒井順慶に移る。
信長に臣従後、大和国主に。郡山城を築城。
秀吉の側近。豊臣政権の中枢を担った五奉行の一人。関ヶ原の戦いで家康に敗れる。
秀吉のライバルであり、生涯を通じてのよき友。
信長の重臣。信長亡き後、秀吉と対立を深め、敗れる。
秀長の重臣で、高取城を改修。
秀吉・秀長に仕える。築城の名人として知られる。
秀吉の家臣だが、秀長と行動をともにすることを命じられた「与力」と呼ばれる立場で、宇陀松山城主にもなった。
秀長が豊臣政務で留守のなか、大和郡山城で内政を主導した。
茶人として活躍。
淺井家滅亡後、秀長に仕える。行政手腕に秀でる。
秀長の正室で、秀長とともに大和に入国した。
織田家と同盟を結ぶが、後に決裂して織田軍と戦う。
信長の妹。長政と結婚したが、のちに勝家の正室に。
秀吉の側近として活躍した茶人。大友宗麟は大坂城を訪れた際、秀長から「公儀のことは私に、内々のことは宗易(利休)に」と忠告されたほど。豊臣を陰で支えていた。
※ご紹介した歴史や武将に関する解釈については諸説あります。
また、名称や説明文については、詳細を省略するなどして一部わかりやすい表記にしているところがあります。
COMING SOON
豊臣秀長ゆかりの地として地域の魅力発信を図るため、「お土産ものアイデアコンテスト」を実施しました。41件の応募アイデアから8事業者が入賞し、11月28日の最終プレゼン審査でグランプリ・準グランプリ・審査員特別賞が決定しました。